2020年7月 4日 (土)

シャッター通りが増えないように

シャッター通りという言葉があります。
商店街などで店舗が閉鎖され、シャッターが閉まったままのところが目立つ通りというもの。

私の自宅の近くに、問屋街があります。
千代田区、中央区の岩本町、東神田、馬喰町辺りに、アパレルや服飾雑貨の問屋が集まっている地区。

大手の問屋の本社もありますが、個店で営業している問屋が数多く集まっています。

しかし、新型コロナウイルスの影響か、シャッターが閉まった店が以前より増えています。
「〇月〇日で閉店しました」という貼り紙もあちこちで見られます。

アパレル業界は、今大変な不況です。
小売店が営業自粛で販売できない期間があり、夏物衣料が売れませんでした。

売れないと次期の秋冬物を仕入れる資金がありません。
売れ残ったものを保管する費用も増えます。
もちろん、店舗の家賃といった固定も掛かります。

結果として、閉店や廃業せざるを得ないところが増えているのでしょう。
何とかこれ以上の不況にならないように祈るばかりです。

2020年7月 3日 (金)

自分の中で弁証してみる

物事の意思決定をしたり、人に意見を伝えたり。
頭の中では、常にいろいろなことを考えています。

そして、それらすべての判断をしているのは、自分自身。
自分が考えたこと、自分で決めたことを基軸に言動につなげています。

しかし、時に「なぜその判断なのか」がわかりづらいことがあります。

特に、他人にその理由をうまく説明できない場合、相手の納得を得られなかったり、不信感につながったりします。

やはり他人に理解してもらうには、その根拠が必要になります。
ただし、根拠は明確になっているものばかりではありません。

「何となく」とか、「勘で」といった理由で判断している場合もあるわけです。

そのようなとき、自分に反論する“もう一人の自分”がいると、判断理由がクリヤーになることがあります。
自分自身の中で、もう一人の自分が弁証するイメージです。

反論されたとき、うまく答えられるか。
明確な根拠がないときは、自分の中で弁証してみることも必要です。

2020年7月 2日 (木)

危機の経験がムダにならない、と言えるか

多くの企業が経営危機に陥っている現状。

生き残れるか、あきらめてしまうか、経営者の胸中は少なくとも楽観的ではないと思います。

ある経営者がインタビューで語っていました。
「この危機は決してムダにはならない。
危機が人を育てるものでもある」と。

本当に今、生きるか死ぬかの瀬戸際の企業がたくさんあります。
このようなコメントを言えるところは、未だ余裕があるのかもしれません。

それでも、危機がムダにならないと思える経営者は、多少なりとも前向きな気持ちを持っているのだと思います。

そして、この危機を経験した従業員の人たちは、危機を乗り越えたら今までとは変わって成長するというのも、“真”であることは間違いないでしょう。

今の危機はムダにならない。
そう思える経営者は、従業員にとっても頼りになるのではないかと思います。

2020年7月 1日 (水)

生の情報量が減る

今年は、特に3月以降、人と接触する機会が減っています。

外出自粛、リモートワーク、そして業務自体を一旦ストップさせるところが多く、「人と会わない体制づくり」が求められています。
増してや、「ちょっと飲みながらでも…」といったこともできません。

もちろん、オンラインでの会議や、電話での打ち合わせなどはありますが、どうしても人と話をする時間が減っています。

オンライン会議では、社外の人とあまり長く雑談もできません。
また、一緒に移動や行動することもなくなり、その移動の間にあれこれ話をすることも少なくなっています。

直接会っていれば、業界の動向や「あの会社ではどうのこうの…」といった情報が自然に入ります。
あるいは、「あれについては実際どうなの?」と、さりげなく実情を聞けたりします。

今、そういった“生の情報”が得られないのは困ったもの。
ネットなどに出ている情報ではなく、生の声、生の情報がビジネスをするうえでは、結構大事です。

2020年6月30日 (火)

「置き配」の懸念と期待

ネット通販などでの宅配において、今、「置き配」が広がっています。

届先の人に手渡しするのではなく、玄関先などにそのまま置いておくというもの。

不在時の再配達や、人との接触機会を減らすことができるため、置き配を選ぶ人が増えています。

しかし、玄関などに置いたままにするというは、どうしても盗難のリスクが付きまといます。
今は未だそれほどのシェアはありませんが、この先どんどん広がっていくと、それを狙った盗難事件が増えていくことが懸念されます。

犯罪者は、ある意味プロ集団なので、置いたままにされたものを盗むことなど、簡単にできてしまうでしょう。
個人宅では、防犯カメラに映らないところも大半です。

そして、盗んだものは、容易に転売できる世の中です。
高額な物でなくとも、ネットオークションなどですぐに換金することができます。

置き配が普及するには、やはり盗難対策がしっかりなされることが必要だと感じます。
鍵付きの袋を利用するなど、盗難防止に向けた仕組みを販売する企業も出てきていますので、これから期待したいところです。

置き配の仕組み自体は良いものだと思うので、広がっていって欲しいと思います。


2020年6月29日 (月)

依頼事項には理由を付記する

メールなどで、相手に依頼やお願いをするとき。

「〇日までにお願いします」とか、
「〇〇の資料を送ってください」など、
相手に依頼事項を伝えるときがあります。

その場合、極力理由を合わせて書くと、スムーズに物事が運びます。

「X日に使うので、〇日までにお願いします」
「□□に必要なので、〇〇の資料を送ってください」
といったように、依頼に対する理由を付記するのです。

そうすれば、「そうか、それであれば対応しよう」と、相手も納得して依頼に応えようとするでしょう。

もし、何も理由が書かれていないと、もしかしたら「この忙しときに〇日までなんて無理を言うな」とか、「何で〇〇が必要なんだ」と思われるかもしれません。
相手にストレスを感じさせたり、面倒くさがられたりするかもしれないのです。

そのため、メールでの依頼事項には極力依頼の理由を付け加える。
それが、スムーズに依頼事項を進めるための、ちょっとしたコツです。

2020年6月28日 (日)

レジ袋が立派になる(?)

2020年7月より、レジ袋の有料化が義務付けられます。

一部の小売店を除き、大半でレジ袋が2円~5円程度で販売されることになります。

それに際し、レジ袋が立派になるという事態が想定されます。

今まで、無料で配布してものは、薄くて小さいものが多かった。
しかし、「お金を取る以上は、貧相なものを出すわけにはいかない」ということで、厚手で少し大きめのレジ袋にする店があるのです。

社会全体で、プラスチックが削減されるのは良いことですが、“立派なレジ袋”をもらうと(買うと)、それはそれで勿体ない気持ちになります。

2020年6月27日 (土)

「生産性のない議論」だった記憶

仕事でもそれ以外のことでも、できれば合理性を追求したいものです。

ムダなこと、不毛なことはできれば避けたい。

さて、以前あまり意味のない議論をした記憶があります。
既に起こってしまったことについて、それが間違いだったのではないか、といったような内容の議論。
正直、今更それを言っても、どうしようもないようなものでした。

そのとき、「生産性のない議論だな」と心に思ったのです。

「生産性がない」とは、生まれる付加価値がなにもないということ。

“生産性”は、インプットに対する、アウトプットの量。
式では、
生産性=産出量÷投入量
となります。

つまり、アウトプット(産出されるもの)が何もない、ゼロであれば、生産性がないということになります。

しかし、その議論したメンバーの中には、「議論して気持ちがすっきりした」人がいました。(おそらく)

その場合、そのすっきりした人は多少なりとも付加価値があったので、生産性は極少ながらゼロとはなりません。
その人にとっては、「生産性はあった」ということになります。

「生産性がない」という表現は、「まったく意味がない」というときに使えるもので、多少なりとも意義があればそれは「生産性が低い」という表現が適切となります。

言葉の定義を厳密にすれば、「生産性がない議論」はまったくもってムダな議論ということになるので、そんな議論をする機会は結構貴重だったのかもしれないと、今はそう思うようにしています。
これもどうでもいいこと(=生産性がない)かもしれませんが(苦笑)。

2020年6月26日 (金)

流れを止めないための知っているふり

会話や議論をしていて、「意味が分からない」、あるいは「自分はよく知らない」ことが出てくることがあります。

言葉の意味自体を知らなかったり、詳しい内容をつかんでいなかったり。

その場合、「それはどういうことですか?」と確認するのが本来です。
理解できないことをそのままにしていてはいけません。

しかし、大人数で議論している際など、「どういうことですか?」と質問を挟むのがはばかられる状況もあります。
流れを止めてるのは良くないのではないか、と思うような場面。

知ったふりをして、そのまま通り過ぎてしまうことがあります。

直接的に大きな影響にならないようなことや、枝葉のことであれば、それはそれでいいのではないか。
ときどき自分に言い訳をすることがあります。

2020年6月25日 (木)

仕事は与えられるものか、自分で作るものか

組織に属して仕事をしていると、「今日も忙しい」と思う日々が続きます。
「仕事がたくさんあって忙しい」と思う人が大半だと思います。

上司や顧客、関係部署などからさまざまな業務を依頼され、その対応をしなければならない。
給料をもらっている以上、言われたことはやらなくてはいけない。

経営者は別かもしれませんが、そう思う人は多いことでしょう。

本来、理想論を言えば、仕事は与えられるものではなく、自分で作り出すものです。

仕事は、自分たちが求めていることを実現させようとしているからこそ発生するもの。
誰かから与えられているものではありません。

あくまでも理想論ですが、ときどきそんな考えを思い浮かべることもいいのではないかと思います。

«人材採用のチャンスというけれど